保育園の歩み
いまの保育所が開設されたのは、昭和22年に制定された「児童福祉法」によります。
その後昭和26年に一部改正されて、現在は第39条に「保育所は日々保護者の委託を受
けて保育に欠けるその乳児または幼児を保育することを目的とする施設とする」とあり、
保育所と幼稚園の違いが示されています。近年は 保育所と幼稚園との関係のあり方が
論じられ、「幼保一元化」という言葉が聞かれるようになりました。
参考:全国保育所 施設数22.493ヵ所
在籍人員2.003.426人 内0歳児84.710人(平成16年5月1日現在)
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保育所保育指針
保育所は保護者の委託を受けて保護者に代わって保育するのですから、保育所は
発育する乳幼児にとって適当な保育環境でなければなりません。そのために法律によって
「児童福祉施設最低基準」が定められています。園児1人当たりの施設の面積、保育士の
担当する園児の数、園児の健康にかかわる園医など決められています。そして日々の保育
の内容については、厚生労働省による「保育所保育指針」が定められています。その内容は
必要に応じて改正されていて、現在は平成11年10月29日改定、平成12年4月1日施行の
指針によります。
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保育保健について
乳幼児の特徴は、日々からだと心が発達していくということです。したがってそこでは経験
をつんだ保育者による健康管理が必要です。毎日の食事にしても個人差があるし、突発的
な病気や異常への対応、感染症の問題、体質の問題、或いは健康保持等があるので保育
所と家庭との連携が必要ですし、近年では児童虐待の早期発見など含めて、園児の発育に
かかわる保健の領域がひろがってきています。これに対して健康診断の実施が決められて
いるだけで、細部については学校保健法に準ずるとなっています。
しかし子どもをめぐる社会環境は、核家族化、少子化をはじめとして婦人就労が増加し、更
に勤務形態のも変化してきたので、保育所に対する住民からの要望は大変大きくなってきま
した。
このようなことから保育所といえば3歳頃からが対象でしたが、昭和40年代には保育園児
の低年齢化がみられ、その結果昭和44年からは、乳児保育(0歳児保育)が実施されるよう
になりました。この場合、労働基準法では産後8週間は自宅での保育となるので、保育所で
は生後57日からの乳児が対象となります。更に保育時間の延長なども始まったので、従来
の学校保健に準ずるだけでは対応できなくなってきました。
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日本保育園保健協議会の設立
保育所保育の内容が、個々の園児の健康の問題へと傾斜していくにしたがって、園医から
その対応の声が高まってきました。そこで神奈川県川崎市医師会では、全国にさきがけて
池田宏医師が園医部会を結成して、保育保健の諸問題について実態調査、研修などを開始
しました。その後これを契機として機運が高まり、札幌市、柏市はじめ各地で同様の組織が結
成されて、益々保育保健の重要性が認識されるに及び、昭和62年9月13日に「日本保育園
保健協議会」が全国組織として立ち上がりました。初代会長は慈恵医大小児科国分義行教授
(故人)で、東京医科歯科大学において「全国保育園医連絡懇話会」(大木師磋生会頭)が開
かれました。当日は厚生省からも担当官の出席があり、本協議会に対して励ましの言葉をいた
だきました。
その後平成元年1月22日に、東京「こどもの城」にて「第1回日本保育園保健協議会学術集
会」(大木師磋生会頭)が開かれ、翌年10月8日には第2回学術集会(池田宏会頭)が川崎
市産業会館で開催されました。そして次の第3回からは、園医だけでなく、保母・園長・看護
婦も参加して発表することになり、更に平成6年10月23日の第6回日本保育園保健協議会
学術集会を最後に、会員を保育園保健に関係するあらゆる職種の人たちへと拡大し、会の
名称から「医」を削除して「日本保育園保健協議会」としました。
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日本保育園保健協議会の発足
「日本保育園保健協議会」の設立に当たっては、当時日本医師会の「乳幼児保健検討委員
会」が保育園の問題について担当していたので、本協議会との役割を調整する必要がありま
した。これについては当時学校保健会で活躍なさっていた日本大学小児科大国真彦教授の
ご尽力もいただいて、本協議会との関係が整理されたのです。そして「日本保育園保健協議
会」は、規約第2条で「本会は保育園児の健康の維持ならびに小児保健向上に寄与すること
を目的とする」と定めました。
平成7年11月11〜12日に全社協・灘尾ホール(東京都)で第1回日本保育園保健学会(会
頭平井信義教授)を開催し、本年平成16年10月23〜24日に第10回日本保育園保健学会
(大木師磋生会頭)が東京フォーラムで盛大に開催されました。
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